先日、広島の平和公園にある資料館を訪ねました。
修学旅行で訪れて以来でしたが、原爆の悲惨さというものを改めて感じました。
中でも、焼けただれた三輪車というのは、非常に胸が締め付けられました。
原爆で、そして戦争により、たくさんの子供たちが命を落とさなければならなかったというのは、本当に悲しいことです。
原爆ドームの近くに「爆心地」の石碑があります。
それには、「米軍機B-29エノラ・ゲイ号によって人類史上最初に使用された原子爆弾は、この上空約600メートルでさく裂しました。爆心直下となったこの一帯は、約3,000度~4,000度の熱線と爆風や放射線を受け、ほとんどの人々が瞬時にその生命を奪われました。時に1945(昭和20)年8月6日午前8時15分のことでした」と記されています。
また
広島市ホームページには、「爆心地から1.2キロメートルでは、その日のうちにほぼ50%が死亡しました。それよりも爆心地に近い地域では80~100%が死亡したと推定されています。昭和20年(1945年)12月末までに、約14万人が死亡したと推計されています。」ということが載っていますが、まさに言語を絶する状況だったわけですね。
熱線と放射線、超高圧の爆風で大変な被害が出ました。
熱線により血液が沸騰して血管が破れるという、想像し難いようなことが現実に起きたわけです。
放射線の被害について広島市のホームページには、「放射線は、人体の奥深くまで入り込み、細胞を破壊し、血液を変質させるとともに、骨髄などの造血機能を破壊し、肺や肝臓等の内臓を侵すなどの深刻な障害を引き起こしました」ということが書いてあります。
原子爆弾が爆発した後、長時間にわたって放射線が残留したため、爆発後に広島市に入ってきた方たちも被爆してしまいました。
さらに原爆投下後に降った雨が放射能を含んでいるため、その雨に遭った方もまた被爆してしまうという悲劇が起こっています。
資料館の展示物にもその「黒い雨」が壁や衣類を黒く染めているものを見ましたが、雨までもが凶器になってしまうという恐ろしさがあります。
また、赤ちゃんが胎内で被爆したという事実は、放射線の恐ろしさをいやと言うほど感じさせます。
胎内で被爆すると出生後も死亡率が高く、生き延びても小頭症などの症状が現れたということですが、一代だけでは終わらない被害というのは、苦痛をより大きいものとしていきます。
肉体的な苦痛はもちろんのことですが、それだけではなく家族や友人、家庭、学校や職場などのつながりやコミュニティーが破壊されたということもまた、大変な問題だと思います。
人間らしい暮らしというものを破壊されたということは、生きる意欲にも大きく関わってきます。
1発の原子爆弾で、これほど甚大な被害を与えることができるというおそろしさを痛感します。
〔原爆死没者慰霊碑〕
碑文 「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」。
〔平和の灯(ともしび)〕
全国12宗派から寄せられた“宗教の火”、溶鉱炉などの全国の工場地帯から届けられた“産業の火”が1945(昭和20)年8月6日生まれの7人の広島の乙女により点火されました。
核兵器廃絶の悲願の象徴となっています。
宮島弥山(みせん)に、弘法大師が修行された際の火が1200年以上燃え続けているという「消えずの霊火」がありますが、それも元火の1つと言われています。
〔平和の観音像〕
昭和31年の8月6日に建立されました。
観音様はあらゆる人を救い、あらゆる願いを聞き届けてくださる仏様です。
そしてカルマを解放してくださいます。
水を飲みたいという願い、家族に会いたいという願い...観音様は必ずその声を聞いて下さっていると思います。
〔原爆供養塔〕
土盛りの内部には納骨堂があり、一家全滅で身内の見つからない遺骨や氏名の判明しない遺骨約7万柱が納められています。
観音様はじめ、神仏、マスター、天使、たくさんのスピリットに加護を願い、原爆でお亡くなりになった方々、そして戦争全体を通してお亡くなりになった方々の霊魂が安らかに成仏なさいますように祈りを捧げました。
いまだに地中に埋まっていて発見されていない遺骨が、まだまだたくさんあることだと思います。
思いが残っている霊魂やその家族の霊魂、それから突然の原爆の爆発によりご自身が死んだということが理解できていない霊魂もいらっしゃることでしょう。
原爆というものは、あまりにも衝撃が強すぎます。
ですが、私たちの祈りの力というものも、とても強力なものです。
一年を通していつも祈りが捧げられていますが、そのことが霊魂の上昇へとつながります。
平和公園全体、資料館、原爆ドーム等外国人の方々の来訪がとても多かったのが印象的でした。
世界中から原爆の現実を学びに来られているのは素晴らしいことですね。
このグローバルな時代に、もはや一国だけの平和というのは存在しえないだろうと思います。
世界中が平和になることが求められます。
祈っておられるいろいろな国の方々の姿を拝見して、希望が持てるように思いました。
世界の平安を祈ります☆