みなさんこんばんは(^.^)
温かかったり寒かったりと忙しい気候ですが、いかがお過ごしでしょうか。
さて、今日も『パイドン』(プラトン著 岩田靖夫訳 岩波文庫)よりソクラテスの考え方をご紹介したいと思います。


ソクラテスは自然学の研究に対して期待を抱いていたという話が出てきます。
『それは例えば大地が平たいかまるいかを告げてくれるだろう、そしてそのことの原因と必然性を詳しく説明してくれるだろう。
さらにまた、太陽についても月についてもその他の星々についても、それらの運行についてやその他の諸現象についてこれらの作用をなしたり他からこうむったりすることが、いったいどういう意味でより善いのかを学べるものとね』(同書P125)

ソクラテスは何が最高最善であるかを考えること以外に、私たちにとってふさわしいことは何一つないと本書の中で言っていますが、自然学の研究は各々のものごとの原因と万物に共通の原因とを探究していくことで、それらに共通の善または理性(ヌース)による秩序を見出すことができるだろうと期待していたようです。

しかしある研究者の理論ではいろいろなものごとの原因を物質的なものによる説明だけで終わってしまっているので落胆したということを言っています。

その具体的な例を以下にご紹介しましょう。(同書P126~127)
『(その人の理論で言うと)いまここに(刑務所に)僕が座っていることの原因についていえばこんなことになる。
僕の身体は骨と腱から形作られており、骨は固くて相互に分離していながら関節でつながっている。
腱は伸び縮みできて、肉や皮膚とともに骨をつつみ、皮膚がこれらすべてのものを一つのものにまとめている。
そこで、骨は関節の中で自由に揺れ動くのだから、腱が伸びたり縮んだりすることによって、僕はいま脚を折り曲げることができるのであり、この原因によって僕はここで脚を折り曲げて座っているのである、と』


『 だが、本当の原因とは次のことである。
アテナイ人たちが僕に有罪の判決をくだすことをより善いと思ったこと、それゆえに僕もまたここに座っているのをより善いと思ったこと、そして、かれらがどんな刑罰を命ずるにせよ留まってそれを受けるのがより正しいと思ったこと、このことなのである 』
(ソクラテスは国家が信じる神々と異なる神を信じ、若者たちを誤った方向に導いたとして裁判にかけられ死刑が確定していました)


ものごとの原因を見る時に、その手段や現象(ここでは骨や腱などのこと)について説明をしてもそれでは原因の探究になっていないということですね。
ソクラテスは理性によって行動しているのですから、その理性について探究したいわけですが、それが現象の説明で終わってしまうと、まるで現象が原因であるかのような話になってしまうわけですね。

万物は可能な限り最善であるように配置されていて、このことを可能にした力を求めること、またその力の神秘的な強さについて考えるということをソクラテスは望んでいましたので、当時の自然学の理論には納得できなかったということでしょう。



私はこの“原因を探究する目的”についての話を読んで、これはいろいろな分野において応用できるとらえ方ではないかと思いました。
それは占星術についても同じようなことが言えるのではないかと思います。

占星術は人間にとって善となるための道具であると私は考えています。
自分の才能や美徳、力を知り、それらをより発揮していくことができるように星たちが促してくれる道具だと思っています。
ひとり一人星回りは違います。
どのような星回りを持って生まれてきたか(出生ホロスコープ)、過去・現在・未来の星回りと出生ホロスコープとの兼ね合い、などを観ていきますが、その星回りがどういう意味で“より善いのか”を観ていくということが大切だろうと思っています。
一人一人に与えられた星回りが、その方にとって最善なんだと考えて、その星回りの意味を探究していくことができるわけですね。
そこに理性(ヌース)の秩序というものを見出していくことができるということだと思います。

しかし、せっかく星を読んでもクライアントの人生で起きた現象の指摘で終わったり、占星術的技法の追究自体が喜びや目的となってしまうと、なぜその星回りがその方にとって必要なのかということや、クライアントの人生の出来事の意味を探究するという大事なことを忘れてしまうことになりかねません。
星を読むことが、クライアントの力と自信を増強するような機会とならなければ意味がないかもしれません。

『ものごとが起こる目的とは?』



自然科学によって様々な物理的法則が明らかにされ、広大な宇宙の話からニュートリノなどのミクロの世界まで人類の理解は深まってきました。
それは本当に素晴らしいことですね。
ソクラテスが言いたかったことは、ものごとが起こる法則や仕組みを考えることは素晴らしいけれども、目に見えない領域といいますか、宇宙の秩序であったり、天の配剤ということを法則や仕組みの先に見据えて(みすえて)考えてみるということが大切だということではないかと思います。

ちょっとややこしい話になりましたが(笑)、今日も最後まで読んでくださいまして、ありがとうございます(*^_^*)
皆さまが天使やマスター、星たちの祝福と共にありますように☆






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